大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所 昭和43年(ワ)219号 判決

原告

北山婦美孝

被告

下井寛

ほか二名

主文

原告の請求を全部棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告下井寛は原告に対し、金二〇〇万円および内金一〇〇万円につき昭和四一年一〇月二日以降、内金一〇〇万円につき昭和四三年一〇月三一日以降、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。被告田上松治、同田上キミ子は、原告に対し各自金一〇〇万円および内金五〇万円につき昭和四一年一〇月二日以降、内金五〇万円につき昭和四三年一〇月三一日以降、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一  被告下井寛は、運送業を営むもの、又は、本件事故発生当時訴外有限会社中央工業の代表取締役として、従業員の雇入れおよび従業員の勤務について監督をしていたものであるが、同人の妻は原告の亡夫北山秀数の妹であり、被告田上松治および同田上キミ子は、被告下井寛の隣家に居住している。

二  被告下井寛又は訴外会社は、藤沢源治から、新潟県西頸城郡親不知より富山県婦負郡八尾町の同人方まで石を運送することの依頼を受け、昭和四一年九月三〇日、原告の亡夫北山秀数、被告田上両名の長男田上博(昭和二三年三月四日生)および被告下井寛の弟藤沢暢を使役して、右石の運送に従事した。

三  同日夜、新潟県西頸城郡親不知地内において、被告下井寛は、右藤沢源治から指示を受けたうえ、右北山秀数および田上博らを使役して右石を貨物自動車に積んだが、その貨物自動車を被告下井寛又はその弟が運転し、右田上博は、北山秀数の所有する乗用車を運転して帰途についた。

四  右貨物自動車が先行し、右乗用車はその後から親不知より富山市方面に向つて国道八号線を進行したが、同年一〇月一日午前〇時五〇分頃、右田上博の運転する右自動車が富山市五本榎地内に差しかかつたところ、田上博は道路が左側に曲つていたのでハンドルを左に切つて進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、中央線を越えて右側を進行したため、対進して来た大型貨物自動車に正面衝突し、このため、右北山秀数は同日午前一時二〇分頃、右田上博は同日午前一時三〇分頃、いずれも頭の骨を折り死亡した。

五  右北山秀数は、事故当時満三九才(昭和二年八月二二日生)で健康体であつたから、三二・六三年の余命年数があるところ、その間における就労可能年数は二四年であつた。そして右二四年間に一ケ年平均五四万円の収入を得ることができたものであるが、そのうちから生活費としてその五割を差引くと、残額は金二七万円となる。そこでこれをホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右稼動期間の逸失利益の現在額を算出すると、金四一八万五〇〇〇円となる。

六  原告は右北山秀数の妻であり、原告と夫との間には子がなかつたから、秀数の死亡により二分の一の割合により、すなわち金二〇九万二五〇〇円の損害賠償請求権を承継した。

七  被告田上松治および同田上キミ子は右田上博の父母であるところ、博の死亡により各二分の一の割合により同人の債務を承継した。

八  原告は、夫である秀数の死亡によつて筆舌に尽しがたい甚大な精神上の苦痛を受けたが、これを慰藉するには少なくとも金一〇〇万円が相当である。

九  ところで、原告は、自賠責保険より金七五万円の支払を受けたので、これを第六項記載の二〇九万二五〇〇円より差引くと残額は金一三四万二五〇〇円となる。

一〇  右田上博は、被告下井寛又は訴外会社に使役されて右自動車の運転をしたものであるから民法七〇九条により、被告下井寛又は訴外会社は右田上博の雇主であり、かつ、右田上博は雇主の業務を遂行するため右自動車の運転をしたものであるから、自賠法三条により、仮りにそうでないとしても民法七一五条一項(被告下井寛が運送業を営んでいた場合)又は、同条二項(訴外会社のみが運送業を営んでいた場合、被告下井寛は代理監督者と認められる)により損害賠償責任があり、被告田上松治および同田上キミ子はそれぞれ右金額の二分の一について損害賠償責任がある。

一一  よつて、原告は被告らに対し、連帯して右内金二〇〇万円(被告田上松治、同田上キミ子は各金一〇〇万円)および金一〇〇万円(右被告両名につき各金五〇万円)につき不法行為の翌日である昭和四一年一〇月二日以降、慰藉料金一〇〇万円(前同)につき本訴状送達の日の翌日である昭和四三年一〇月三一日以降、各支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお、被告田上両名主張の抗弁は全部否認する。

被告下井訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

請求原因第一項の事実は認める。

第二項中、被告下井が訴外藤沢源治から石の運送を依頼され、弟である藤沢暢を連れて右運送に従事したことは認めるが、その他の事実は否認する。

第三項中、被告下井がその弟暢と帰途についたことおよび乗用車が亡北山秀数の所有であること、右乗用車で北山、田上が帰途についたことは認めるがその他は争う。

第四項中、北山秀数および田上博が原告主張の日死亡したことは認めるが、その他は不知。

第五項は争う。

第六、七項中、原告および被告田上らの身分関係は認めるが、その他は争う。

第八項以下は争う。

原告の亡夫北山秀数は、平素盆栽、銘石集めに趣味があり、被告下井が姫川方面へ行くと聞き及び、同人自らひすい原石を採取する目的で、自己の車に乗り同行してきたものであつて、被告下井が石の運送のため北山および田上を使役したものではない。従つて、被告の下井には損害賠償責任はない。

被告田上両名訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

請求原因第一項の事実は認める。

第二項は不知。

第三項中、乗用車が北山秀数の所有であることは認めるが、その他は不知。

第四項中、北山秀数、田上博が原告主張の日時頃死亡したことは認めるが、その他は争う。

第五項は不知。

第六、七項中、原告および被告両名の身分関係は認めるが、その他は否認。

第八項は否認。

第九項中、原告が自賠責保険より金七五万円の交付を受けたことは認めるが、その他は否認。

第一〇、第一一項は否認。

一  被告田上両名は、むしろ本件事故によつて最愛の息子を失つた被害者であり、自賠責保険より各金七五万円の損害賠償金の交付を受けているものであつて、原告の請求は理由がない。

二  仮りに博が北山秀数所有の乗用車を運転していたとしても、博が右乗用車を運転したのは、秀数の依頼により同人のために好意から無償でなされたものである。すなわち、

1  秀数は、大正運送株式会社に勤務の傍ら被告下井方にアルバイトとして雇われ日当を得ていたが、水石の趣味をもち、姫川方面へ被告下井が石運搬のために行くことを聞き、ひすいの原石を採取する目的で乗用車を運転して同行を依頼したものである。

2  一方、博は本件事故当時満一八才の未成年者であり、精神的に未成熟なもので、自動車運転についても同年四月に普通免許を取得したばかりであり、事故当時被告下井方に臨時的に雇われ、貨物自動車の運転業務に従事していたものである。当日帰宅後、被告下井方より同被告が自宅に忘れて来た姫川行の目的地の絵地図を届けることを依頼され、右地図を持つて富山市稲荷町の農業倉庫にいる同被告に届けた。

3  博は被告下井の貨物自動車に同乗して姫川方面へ同行することになつていた。ところが秀数より事故車を運転して自分を乗せて行つてくれと頼まれたため、好意から無償でこれに応じ、秀数が乗用車の助手席に乗り、博がこれを運転して被告下井に同行した。現地において訴外藤沢の石の積込が終つてから、秀数は石拾いをなし、沢山の石を乗用車のトランクに積込み、その帰途本件事故に遭遇したものである。

三  右のように博としては、被告下井の貨物自動車に同乗するはずになつていたのを秀数の依頼により、同人のために好意から無償で乗用車を同人の指図に従つて運転したものであり、秀数はその助手席に同乗していたものである。右のような事実関係のもとにおいて発生した本件事故による損害については、次の理由から博には責任がない。従つて、被告田上両名は本件の賠償義務がないものである。

(一)  本件乗用車は、秀数が自己使用の目的で購入し、通勤又はレジヤー用に運転使用していたものであり、本件の場合も秀数自身石拾いの目的のために乗用車を使用しているものであり、秀数は助手席に同乗し、博を指図して運転せしめていたものであるから、実質的には博と共に運転者たる地位にあつたものであるから、民法七〇九条にいう他人には該らない。

(二)  そして秀数と博の関係は、契約性の欠如、無報酬性、好意性の故にいわゆる好意的運送関係の一種に該る。従つて、

1  両者間において生ずる危険の責任については、免責することが黙示的に合意されていた。

2  然らずとしても、秀数において博の運転によつて生ずる危険を承諾し、予め損害賠償請求権を放棄していたものというべきである。

3  本件の場合、秀数は、何らの義務なきに拘らず自発的に右好意的運送関係に入り、博をして運転せしめ、その利益にあづかつたものであるから、自ら危険に身をさらした秀数としては危険責任に関する保護目的を欠くものであり、従つて博の責任は排除されるものというべきである。

(三)  前記状況下に発生した本件事故による損害について、博に対しその責任を負わしめることは、不法行為制度の基礎である妥当、公平、合理性の見地から認められない。

四  仮りに被告田上らに何らかの責任ありとしても、損害額の決定については、次の点が斟酌されるべきである。

(一)  前記の経緯並びに事情の下においては、公平の原則上、博の運転上の過失は秀数の過失と同視して斟酌さるべきである。

(二)  更に、秀数は運転経験も豊かな年長の社会人として、本件運転が日中の疲労も生じ易い深夜、かつ長距離に及び事故発生の危険性も高い状況下のものであつたから、運転経験も浅く、年少未成年の、しかも日中の仕事で疲れていた博に、運転を依頼することは避けねばならないのにも拘らず、敢えてこれを依頼し、自身は助手席に同乗し、その走行中、博の運転による事故の発生を未然に防止する適切な措置を講ずべき義務があつたにも拘らずこれをしなかつた過失がある。〔証拠関係略〕

理由

一  原告主張の請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。そこで〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告の亡夫秀数(本件事故当時満三九才)は、大正運送株式会社富山支店に勤務の傍ら、休日又は早退後、義弟に当る被告下井が代表者として運送業等を営む有限会社中央工業に、いわゆるアルバイトとして昭和四一年七月設立以来勤務し、日給約一三〇〇円を得ていたが、以前から銘石蒐集の趣味を持ち、自家用車で遠方へ出掛けて蒐集し、銘石を自宅の床の間等に飾つていた。同年九月二八日頃、被告下井は訴外藤沢源治より同人の兄を通じて、新潟県西頸城郡親不知附近外波川より富山県婦負郡八尾町の同人方まで庭石を運送することを依頼されてこれを承諾した。たまたま、その場に来ていた秀数は、同所で石を蒐集する目的で同被告に同行したい旨述べて連絡方を約束した。そこで同年九月三〇日午後四時半頃、右連絡を受けた秀数は残業しないことを申出でて勤務先の大正運送を退社後、日常通勤又はレジヤー用に使用している自己所有の普通乗用車を運転して、同被告らが仕事をしていた富山市稲荷町の富山県経済連農業倉庫まで来た。

(二)  一方、被告田上両名の長男博(本件事故当時満一八才)は、同年四月頃普通自動車の運転免許を取得したものであつて、同年八月末より中央工業の臨時雇として勤務し日給一〇〇〇円を得ていた。同年九月三〇日、博は同社で貨物自動車の運転業務に従事して右仕事を終り夕刻帰宅していたところ、隣家の被告下井の妻から、同被告が自宅に忘れて来た現場の見取図を同被告のもとへ届けることを依頼されたので、右図面を持つて下井方の小型貨物自動車を運転し、前記農業倉庫に赴き同被告にこれを手渡した。その際、博は同被告に親不知方面へ同行を乞い、同被告の大型貨物自動車に同乗して一緒に行くことになつていた。ところが、その後秀数が来て博に対し、「体がだるいから自分の自動車を運転して乗せて行つて貰いたい」旨依頼したため、博はやむなく秀数所有の乗用車を運転することになり、秀数がその助手席に同乗して同行することになつた。そして午後六時頃、博は地理不案内のため被告下井の貨物自動車の後方に追随して目的地に向け出発した。

(三)  同日午後八時頃、現地外波川の河原に到着した後、被告下井および実弟暢は現場にいた訴外藤沢源治の指示を受け、同人がシヨベル・ローダを運転して庭石三個(約三屯)を同被告の貨物自動車に積載したが、秀数および博の協力を必要としなかつたところから、右両名は近くでこれを傍観していた。右石積みを完了した後、右四名は、月明の河原で附近を探し求め、ひすいの原石を採取し、秀数は乗用車のトランクに沢山の石を積込んだ。そして午後一〇時半頃、往路と同様に、被告下井および暢が貨物自動車で先発した後、これに追随して、博の運転する乗用車が秀数を助手席に同乗させて出発し、八尾町に向け帰途についた。

(四)  右のように、博は秀数の乗用車を運転して、親不知方面より富山市方面に向け国道八号線を進行したが、翌一〇月一日午前〇時五〇分頃、同市針原新町五本榎地内に差しかかつたところ睡魔に襲われてハンドル操作を誤り、国道が左側へ弛く曲つていたのにそのまま中央線を越えて右側を進行したため、対進して来た訴外水野進の運転する大型貨物自動車に正面衝突し、このため秀数は同日午前一時二〇分頃、博は同日午前一時三〇分頃、いずれも頭部骨折等により死亡するに至つた。

以上の事実が認められるところ、〔証拠略〕中、右認定に反する供述部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る的確な証拠はない。

右認定の事実によると、秀数は、自己所有の乗用車を自ら運転すべき地位にあつたのにかかわらず、博が本件事故発生の約半年前に運転資格を取得したばかりで運転未熟なことを知りながら、同人に右車の運転を託し、自らはその助手席に同乗していたものであること、しかも博は、事故当時満一八才の未成年者であつて、目的地の地理にも暗く、被告下井の貨物自動車に同乗するはずのところ、年長者である秀数より依頼されて、やむなく同人の車を運転し、帰途深夜に至り、運転上の過失により衝突し、秀数および博とも死亡したものであることが認められる。してみると、秀数は、自己所有の乗用者の運転を、未成年者で、かつ運転免許はあるが運転未熟で地理不案内の博に、これを知りながら委ね、自らは助手席に同乗していたものであるから、運転補助者として、博に運転上の指図をなし又はすべかりし地位にあつたのにかかわらず、これを怠つたことにより本件事故が発生したものというべきである。従つて、秀数は、加害者たる博の運転を補助すべき地位にありながらこれを怠つたものであるから、民法七〇九条にいう他人として保護すべき被害者にはあたらないと解すべきである。

よつて、博に損害賠償責任があることを前提とする原告の被告田上両名に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  次に原告の被告下井に対する自賠法三条又は民法七一五条に基づく請求について判断する。

前記認定のとおり、被告下井が訴外藤沢から依頼された庭石の運送は、現場のシヨベル・ローダで同被告の貨物自動車に積載して運送し、秀数および博を使役しなくとも同被告と弟暢の二人で十分にできたこと、秀数は自己所有の乗用車を専ら通勤又はレジヤー用に使用していたものであり、本件事故当時も、自己の趣味である銘石(ひすいの原石)蒐集のため、博に運転させたうえ被告下井に同行して運行したものであることが認められるから、被告下井は、右乗用車につき何らの運行支配も運行利益も得ていないというべきである。また、本件事故が有限会社中央工業の業務執行中に発生した事故でないことは明らかである。

従つて、原告の被告下井に対する右請求は、すでにこの点において失当たるを免れない。

三  以上認定説示の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土田勇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例